家族経営の飲食店でバイトするが激務で残業代無しのため退職決意

-退職者のデータ-

職業:飲食店ホール
性別:女性
年齢:31歳
会社規模:中小企業
年収:350万円
勤務地:京都府
勤続年数:3年
月間平均残業時間:40時間(残業代無し)

大手菓子メーカーから飲食店に転職

私は高校卒業後に大手菓子メーカーに勤務し、その後結婚出産を経ても人と接する仕事がしたいと思い、バイトとして元の職場に戻りました。

しかし、洋菓子メーカーはアルバイトとはいえ、お盆や年末年始、バレンタイン、クリスマス…と、子供と過ごしたい時期が繁忙期なのでいずれはせめて年末年始くらいは休める仕事をしたいと思っていました。

ほどなくして離婚を経験し、事務職やそうでなくてもお盆や年末に休める仕事を探し始めましたが、高卒で特にスキルもない、経験もない私が正社員として雇ってもらえる仕事はありませんでした。

そこで、経験のある接客業の正社員で仕事探しを始め、飲食業にしては給料のいい和食店に応募し、面接後即採用が決まりました。

仕事内容

京都駅の駅ビル内の飲食店(和食)でのホール係として勤務が始まりました。

主に、お客様の席への御案内、オーダーを聞く、通す、出来上がったお料理を配膳する、下膳する、会計業務というのが業務内容です。
それに加えて、食材とドリンクの発注がありました。

仕事自体は簡単ですが、主要駅の駅ビル内なので、平日も休日も大忙しでした。

1日の労働時間は14時間で残業代なし。

私が勤めていた職場は自営業の家族経営だったのですが、よくあることとはいえ、一度も見たこともない人が役員として名を連ねており、その人たちに利益を搾取されていました。

その為、従業員の給料は手取り18万程で、(求人内容とは違いました)1日の勤務時間は14時間前後、もちろん残業手当はありません。

繁忙期は休憩時間もままならない状態で、もちろん年末年始は稼ぎ時なので休みなし(これは覚悟の上)休み希望は出す事も暗黙の了解で出来ず、忌引き休暇、有給休暇もありません。

職場の先輩は、おばあさまが亡くなられた特も欠勤扱いで2日だけ休んで地元の静岡へ帰っていました。

私は子供との生活を守るために、正社員として働き始めたのにもかかわらず、子供との時間が全くとれなくなってしまった事が、いつも罪悪感として心にありました。

具体的にいえば、休み希望が出せないために、運動会や発表会や参観日、懇談会などに参加できず、子供の普段の様子が分かりませでした。

子供との信頼関係も薄れて行くように感じており、自分自身、忙しくて薄給のため余裕がなく子供に無関心になって言っているのが分かりました。

また、本当に仕事で忙しく休みが取れないにもかかわらず、子供や子供を預けていた私の両親の理解が得られず「本当に仕事なのか?」「恋人が出来て、その人との時間を仕事だといつわっているのではないか」と疑われていた事も辛かったです。

通勤時間も1時間弱あったので、日付が変わる頃に家に付くというもの当たり前の生活でした。

退職時に辛かったこと

退職する時に一番辛かった事は、意外に思われるかもしれませんが、仕事仲間との別れでした。

アルバイトの学生とはともかく、他の社員とは年も近く、お互い励まし合って頑張ってきたというとこがあり、気の合わない人ももちろん居たのですが、基本的には人間関係はよかったのでわかれが辛いと感じました。

冷静に考えればそんな事はないのですが、ブラック企業から一人にけ出す事を「裏切った」という様な気持にもなりました。

退職の意思を伝えた時に、経営者から「収入の事など相談してくれれば協力出来たのに」ともいわれましたが、それに関してはいつもの口だけと分かっていたので後悔も辛さもありませんでした。

次の就職先を決める前に飲食店を辞めたので、(資格を取るために学校に通う準備をしていました。)資格取得後に希望通りの職に就ける保証もなく、その点も不安で精神的に辛かったです。

飲食業で得られたスキル

接客業で、臨機応変さを求められる業務だったので、コミュニケーションスキルは鍛えられたと思います。

基本的にはいつも笑顔でお客様に接する、苦情が会った時には客様の言い分を最後まで一通り聞く、という事は当たり前のようでいてどの職種でも実は出来ていない人が多い事なので、この部分を値前の事として得られたのは大きいと感じています。

激務で薄給の介護職に転職

退職後には職業訓練校に通い、一生働ける仕事、お盆と年末年始休める仕事、有給休暇や忌引き休暇が取れル仕事という事で介護の仕事に就きました。

半年学校に通い、介護業界のスタートとしては上の仕事に付けたのですが、転職後の年収は下がる、とのセオリーどおり私も例外ではありませんでした。

介護も薄給で激務という事は分っていましたが、初任給が10万程だった時には泣いてしまいました。(かなり前職より下がる)

ただし、半年後には有給も発生し、急病の時には躊躇いなく有給をつかえる職場環境だったので(わたし自身は病気がちではないのですが、先輩方を見ていて当日欠勤にも有給があてられており驚愕しました。)いざというときは有給を使えるという事が安心感に繋がりました。

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