組立工場関連の仕事で10年間働くが高卒の限界を感じ退職を決意

-退職者のデータ-

職業:組立工場の班長
性別:男性
年齢:31歳
会社規模:大手企業
年収:450万
勤務地:広島
勤続年数:10年
月間平均残業時間:10時間(残業代有)

入社した動機・理由

高校を卒業して家庭の事情もあり進学はせず就職という選択肢しかありませんでした

工業高校を卒業するにあたり半数以上は就職へ、という事で求人に目を通していく中で地元からほんの少しだけ離れている所、給与面が平均レベルである事、福利厚生がしっかりしている所という3点に着目して就職したのが当時の会社です。

給与よりも福利厚生が大きかったです。

寮に入っていたのですが8000円/月で夕飯つき、光熱費なしという破格の条件でした。

また、有給取得率も比較的高いようでそこも魅力的でした。

何よりもずっと親元から離れず学生時代を過ごしたため家から出たい。だがあまり遠くにいくつもりはない。という我儘な当時の自分の要件には悉くマッチしたのも就職を希望した大きな要件でした。

仕事内容な何ですか

最初の内は実際の現場組立作業に携わっていましたが運よく社内のプロジェクトメンバーに抜擢され、リーマンショックだった当時の現場改善プロジェクトに参画しました。そこからは新工場の計画や立ち上げといった生産技術関連の業務に携わりました。

それ以降現場の班長クラスを数か所経験してアメリカの工場立ち上げプロジェクトへ生産技術のリーダーとして参画。

28歳の時でした。

そのプロジェクトでは工場運営・物流関連・生産設備検討・多品種混流ラインの運営、運用・建屋工事におけるゼネコン管理等を業務としてきました。

退職理由

大きくは3点です。
1:前述したアメリカ工場立ち上げが終わり帰国して割り当てられた仕事が当時の自分にとって非常に規模が小さく責任範囲も矮小だと感じた事がきっかけでした。

2:更にはやはり年功序列や高卒といった条件から『この会社では死ぬまで使われる側だな』と感じた事が大きかったように思います。同年代で自分よりも経験も少ない大卒・院卒の人たちがすぐに自分の立場を追い越していくという事に大きな憤りを感じていました。

3:また、当時の上司はことなかれ主義でチャレンジングな提案をしてもそれを受け入れてくれる事なく、『普通にやろうよ』と言われたのにがっかりした事も自分の中では諦めに似た物を抱いた瞬間でした。

この3点の中で一番大きかったのは2番です。

自分の能力を過大評価する訳ではありませんが自身がリーダーとして携わったプロジェクトが少なくとも3つ。

どれも社内ではビッグプロジェクトと銘打たれて実行してきた中で自身の部下として働いてくれた同年代の大卒・院卒のメンバーが数多くいました。

彼らに考え方や改善手法、設備導入についての気を付けるポイントやその他工場に関する事を教えてきました。

そしてプロジェクトが終わり、ほどなくすると彼らは悉く自分よりも社内の職位としては上にいるわけです。

そもそも大卒や院卒は高卒と比べてスタート地点が違うので当然の結果です。

その為に4年ないしそれ以上を学業に費やすので必然だと思います。

しかしその必然を理解しても納得できない自分がいました。

しかし会社の組織や風土を変える力は自分にはありません。

ではどうするか。選択肢は3つでした。
1:自分が変えれる立場になるまで耐える
2:変えれる立場の方に理解・納得してもらい変えてもらう
3:自分が今の会社を退き、自分の責任で仕事と向かい合う

選んだのは3つ目です。

グチグチと文句を言う生産性のない日々を送るくらいなら自分がどの程度な物なのかを試したい、自分で挑戦をしたいという気持ちを貫くこととしました。

妻と3人の子供(内2人はまだ理解していないが)は理解を示してくれたので思い切る事が出来ました。

退職時の辛かったこと

まずはこれまで一緒に辛い業務を乗り越えてきた仲間達へ『やめる事を伝える事』です。

仲間と括りましたが、その中には自分を可愛がってくれた先輩や期待していてくれた役員の方々もいらっしゃいました。

その方々へ伝えるのは本当に辛いというよりは『思い切り引き留められたらどう言おう』等が頭から離れませんでした。

また、一緒にこの会社で上にいこうと酒を酌み交わした同期に伝える事も同じく自身の中で躊躇して中々言い出せませんでした。

上司と2人で話し、『やめます』と伝えた際には特に引き留められる事もなくすんなり送り出してくれたのですが引き留めなかった事に対して他部署の管理職以上の方々が当時の自分の上司に対して猛抗議、そこから上司に止められ始めた時には空しくて笑がでましたが、反面それだけ引き留めてくれた他部署の方々へは感謝の気持ちしかありませんでした。また、申し訳ないという気持ちもそこには多分にありました。

得られたスキル

組立工場の班長をした際には組立作業のイロハとトルク管理やナットランナーといった品質保持の為の機器に対する知識、溶接の班長をした際にはものづくりの原理原則、機械加工の精密さ。

新工場立ち上げの際には設備投資、設備計画、工場内物流といった生産技術面の知識を。そしてアメリカ工場立ち上げでは広い範囲での工場運営基礎と経営面の一端を学びました。

退職後は同業界のコンサルとして活動

退職して間もなく昔改善の報告会で知り合ったコンサル会社の社長から声をかけて頂き、現在はコンサルタントとして活動をしています。

過去の経験を活かして主に工場を始めとした現場改善や生産効率アップ等を専門分野として数社で今時点では結果を残せています。

忙しい日々を送る中で前の会社で可愛がってくれていた先輩方から声をかけてもらい、夕飯を共にすることもありますが全く後悔はありません。

自分で決めた事をやっているので辛くても前を向いて日々業務に取り組めている事。

1つの会社しか知らず井の中の蛙だった自分としては退職後、顔を上げてみるとそこには自分が思っていたよりも遥かに広い世界があった事に気づけた事。

どれをとっても今の選択に後悔はありません。

今後、自分が全力で走り続けて先輩方へその結果を見てもらう事が最大の恩返しだと思っています。

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